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Monday, July 10, 2023

アンモニアを貯蔵するペロブスカイト化合物アンモニアの化学貯蔵に成功脱炭素社会の実現に期待(大学院理工学研究科 廣瀬卓司名誉教授小玉康一准教授 共同研究) - 埼玉大学

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2023/7/10

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発生体工学材料研究チームの川本益揮専任研究員(埼玉大学大学院理工学研究科連携准教授)、伊藤嘉浩チームリーダーらの共同研究グループは、アンモニアを化学的に貯蔵するペロブスカイト化合物[1]を発見しました。

本研究成果は、二酸化炭素を含まない水素キャリア[2]であるアンモニアを安全かつ簡便に貯蔵することを可能にするもので、脱炭素社会の実現に貢献するものと期待できます。

今回、共同研究グループは、1次元柱状構造を持つペロブスカイト化合物がアンモニアと常温・常圧で化学反応を起こし、2次元層状構造へ変化することを見いだしました。このとき、アンモニアは化学変換[3]によって窒素化合物として2次元層状構造表面に貯蔵されます。貯蔵された窒素化合物は真空下50℃で逆反応を生じ、アンモニアへと戻ります。ペロブスカイト化合物は腐食性のアンモニアを化学変換した後で貯蔵するため、安全性の高い貯蔵方法といえます。また、穏やかに加熱するだけで容易にアンモニアを取り出すことが可能です。

本研究は、科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』オンライン版(7月10日付:日本時間7月10日)に掲載されます。

ペロブスカイト化合物によるアンモニアの化学貯蔵

背景

アンモニア(NH3)は、肥料、医薬品、繊維、食品などの原料として広く利用されている重要な化学物質であり、世界で年間約2億トン生産されています。また、大きな水素質量密度[4](17.8wt%)と水素体積密度[5](0.107kg L-1)を持つことから、水素キャリアとしても注目されています。さらに、燃焼時に二酸化炭素(CO2)を排出しないため、脱炭素燃料としての応用も検討されています。脱炭素社会の実現は喫緊の課題であり、カーボンニュートラル[6]を目指す上で、アンモニアの有効利用が大きな期待を集めています。

一方、アンモニアは常温・常圧では腐食性の高いガスのため、取り扱いや貯蔵が困難という欠点を併せ持っています。一般的に、アンモニアは低温あるいは加圧によって液化した状態で保存します。ところが近年、活性炭、ゼオライト[7]、金属有機構造体[8]といった多孔質化合物にある無数の細かい穴(細孔)にアンモニアを取り込ませることで、常温・常圧で貯蔵できることが明らかになりました(図1a)。

しかし、この方法では腐食性のアンモニアをそのまま貯蔵するため、安全性が懸念されます。そこで本研究では、アンモニアを化学変換し、より安全な方法で貯蔵できる化合物の開発に取り組みました(図1b)。


図1 多孔質化合物(a)とペロブスカイト化合物(b)のアンモニア貯蔵方法の違い

研究手法と成果

共同研究グループは、ペロブスカイト化合物に着目しました。ペロブスカイト化合物には、1次元(柱状)、2次元(層状)、3次元(立体)構造のものがあり、水蒸気や化学物質の蒸気に触れるとそれらを取り込んで構造変化することが知られています。3次元立体ペロブスカイト化合物は構造が複雑であり、蒸気と反応して構造が大きく変化すると、物質を取り込んだり放出したりする特性を損なう可能性があります。

一方、1次元柱状ペロブスカイト化合物はシンプルな構造で蒸気と反応しても構造変化が小さく、特性を保てることが期待できます。そこでこの構造変化を利用し、また、1次元柱状ペロブスカイト化合物の柱構造の間に存在する約0.9ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の分子サイズの空間に着目して、アンモニアを近付けて構造変化を伴う化学反応を引き起こすことを考えました。

そこでまず、1次元柱状ペロブスカイト化合物の中で最もシンプルな構造を持つ化合物(CH3CH2NH3PbI3)を化学合成しました。この化合物は黄色の結晶であり、細孔のない滑らかな表面を持っていました(図2a)。常温・常圧でアンモニア水の蒸気を触れさせたところ、この化合物は白色の結晶(Pb(OH)I)へと変化しました。この変化をX線回折測定[9]により解析したところ、白色の結晶は2次元層状構造であることが明らかになりました(図2b)。

この1次元柱状構造から2次元層状構造への変化は、アンモニアが引き金となって起こる化学反応であると考えられました。そこで、ペロブスカイト化合物とアンモニアの間で生じる化学反応を調べた結果、アンモニアは化学変換され、2次元層状構造表面に2種類の窒素化合物(CH3CH2NH2、NH4I)として存在することが分かりました。

2次元層状構造表面に貯蔵された窒素化合物は、真空下50℃で加熱すると逆反応が起こり、アンモニアに戻りました。このとき結晶は白色から黄色へ変化し、1次元柱状構造に戻りました(図2a、b)。1次元柱状構造に戻ったペロブスカイト化合物は再利用でき、繰り返しアンモニアの貯蔵と取り出しが可能です。ペロブスカイト化合物は多孔質化合物とは異なり、アンモニアよりも腐食性の低い窒素化合物の状態で貯蔵するため、安全性の高い貯蔵方法だといえます。また、アンモニアを取り出すときの温度は多孔質化合物(150℃以上)に比べて低い(50℃)ことから、簡便な方法で腐食性ガスを取り扱えることもペロブスカイト化合物の持つ優れた特性といえます。

図2 アンモニアの貯蔵に伴うペロブスカイト化合物の結晶の色と結晶構造の変化
常温・常圧でアンモニアが1次元柱状構造のペロブスカイト化合物(黄色、CH3CH2NH3PbI3)に触れると、2種類の窒素化合物(CH3CH2NH2、NH4I)となって2次元層状構造(白色、Pb(OH)I)の表面に貯蔵される。2次元層状構造の化合物を真空下50℃で加熱すると逆反応が起こり、アンモニアが取り出され、1次元柱状構造のペロブスカイト化合物に戻る。

今後の期待

共同研究グループは、CO2を含まない水素キャリアであるアンモニアを安全かつ簡便な方法で貯蔵するペロブスカイト化合物を発見しました。本研究の成果はアンモニアの有効利用を促進し、脱炭素社会の実現に向けた重要な指針を与えるものです。また、太陽電池材料として注目され実用化が進んでいる、ペロブスカイト化合物の新たな用途を見いだすことができました。

多孔質化合物がガス、分子、イオンなどさまざまな物質を非選択的に吸着するのに対し、今回合成したペロブスカイト化合物はアンモニアだけに反応するため、混合ガスからアンモニアを選択的に貯蔵できると考えられます。また、アンモニアの貯蔵前後で化合物の色が変わる性質を利用し、貯蔵量を色で判別するアンモニアセンサーへの応用が期待できます。

今回の研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[10]」のうち「7.エネルギーをみんなに。そしてクリーンに」「13.気候変動に具体的な対策を」に貢献するものです。

論文情報

タイトル Chemical Storage of Ammonia through Dynamic Structural Transformation of a Hybrid Perovskite Compound
著者名 Jyorthana Rajappa Muralidhar, Krishnachary Salikolimi, Kiyohiro Adachi, Daisuke Hashizume, Koichi Kodama, Takuji Hirose, Yoshihiro Ito, and Masuki Kawamoto
雑誌 Journal of the American Chemical Society
DOI 10.1021/jacs.3c04181

補足説明

[1] ペロブスカイト化合物
一般式ABX3で表される有機–無機ハライド化合物の総称。A、B、Xはそれぞれ有機カチオン(陽イオン)、金属カチオン(陽イオン)、ハロゲン化アニオン(陰イオン)から成る。シリコンに匹敵する光電変換効率を示すため、次世代の太陽電池材料として注目されている。本研究で合成した1次元柱状ペロブスカイト化合物CH3CH2NH3PbI3は、有機カチオン(CH3CH2NH3+)、金属カチオン(Pb2+)、ハロゲン化アニオン(I-)から成り、その構造は1次元柱状ペロブスカイト化合物の中でも最もシンプルである。

[2] 水素キャリア
気体のままでは貯蔵や運搬の効率が低い水素を、液体や水素化合物にすることで効率的に貯蔵、運搬する方法。アンモニアのほかに、液化水素、メチルシクロヘキサン、水素吸蔵合金などが知られている。

[3] 化学変換
化学反応によって、ある物質から別の物質へ構造を変化させること。微生物や酵素が触媒反応を利用し、化合物の合成や有用な物質の生産を行うことも化学変換の一種である。

[4] 水素質量密度
単位質量当たりの水素蓄積量のこと。

[5] 水素体積密度
単位体積当たりの水素蓄積量のこと。

[6] カーボンニュートラル
大気中に排出される二酸化炭素などの温室効果ガスの量と大気中から吸収される温室効果ガスの量が等しく、全体として実質ゼロになる状態のこと。

[7] ゼオライト
沸石と呼ばれる粘土鉱物の一種。0.3~1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の細孔を持つ。人工的に合成することも可能であり、イオン交換材料、触媒、吸着材料として工業的に利用されている。

[8] 金属有機構造体
金属と有機配位子から人工的に合成される多孔質化合物。Metal-organic framework(MOF)と呼ばれる。金属や配位子の種類によって、孔径を分子レベルで設計することが可能であり、分子やイオンの貯蔵、分離、輸送や触媒、センサーなどへの応用が期待されている。

[9] X線回折測定
X線照射により生じる回折現象を利用して、結晶の構造を測定する手法。回折の結果を解析することで、結晶の内部で原子がどのように配列しているかを決定できる。

[10] 持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
 創発生体工学材料研究チーム
  専任研究員               川本益揮 (カワモト・マスキ)
  (埼玉大学大学院 理工学研究科 連携准教授)
  チームリーダー             伊藤嘉浩 (イトウ・ヨシヒロ)
  国際プログラムアソシエイト(研究当時)ジョルサナ・ラジャッパ・ムラリハ
                     (Jyorthana Rajappa Muralidhar)
  特別研究員(研究当時)         クリシュナチャリ・サリコリミ
                     (Krishnachary Salikolimi)
 物質評価支援チーム
  チームリーダー             橋爪大輔 (ハシヅメ・ダイスケ)
  テクニカルスタッフⅠ          足立精宏 (アダチ・キヨヒロ)
埼玉大学大学院 理工学研究科
  名誉教授                廣瀬卓司 (ヒロセ・タクジ)
  准教授                 小玉康一 (コダマ・コウイチ)

参考URL

小玉 康一(コダマ コウイチ)|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます

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