米国では工場労働者の賃金の伸びが極めて鈍い。製造業分野の企業は労働者の確保でファストフード店と競合し、苦戦している。
ミシガン州西部の状況を見てみよう。この地域は、オフィス家具や自動車部品の工場を多く抱えるほか、旅行業の伸びも顕著だ。ミシガン湖沿いのレストランやホテルは、急速に雇用を拡大している。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で行動を自粛していた人々が、旅行を再開したからだ。こうした状況の変化で工場の生産ライン従業員を確保することは一層難しくなっており、労働力需要の伸びに伴って、求人数と離職率が高まっている。
家具メーカーのハワース社で人事責任者を務めるアン・ハートン氏は、経済が回復し労働市場がひっ迫する中で、失業者の中から人材を探すだけでなく、すでに就業している人を転職させる形の人材確保にも取り組んでいると語った。同氏は「人材確保では他業界との競争にも直面している」と述べる。
工場労働者の給与は長年、他分野の多くの給与を上回ってきた。これは教育水準の低い労働者の場合、特に言えることだ。しかし、エコノミストや製造企業、連邦政府のデータなどによると、その状況は変わりつつある。
ミシガン州を拠点とする自動車部品メーカー、ジェンテックスで働く従業員。米国の労働者で製造業分野の企業に雇用される比率は現在9%未満と、1980年代初頭の20%を下回る
Photo: David Kasnic for The Wall Street Journalハワース社は、ミシガン州ホランドにある本社近くの工場で、賃金を1時間当たり15ドル(約1660円)に引き上げ、夜間勤務シフトの場合はさらに1ドルを追加した。同社は、24時間利用可能なジムなどのアメニティー施設を持ち、感謝祭の七面鳥、クリスマスギフトなどを従業員に提供してきた。それでもハワースは、十分な従業員数を確保できていない。こうした人員不足は、家具、自動車、その他多くの消費財の需要が急増しているこの時期に、生産を抑制する要因となる。
ハートン氏によれば、近くの町ルディントンにあるハワース社の工場では最近、一部従業員がサービス業界に転職するため退職した。ハワース社は、同工場の組み立て作業労働者について、時給14ドルの募集広告を出している。この金額は、近くのウェンディーズ・レストランが払っている初任給と同じだ。ハートン氏は「製造業の仕事は負担が大きくなりがちだ」と語った。同氏は、新型コロナウイルスの流行で増額された失業手当も、一部の人々が求人に応じる意欲を損なっていると考える。
デーナ・ヒルタネン氏はここ2年の夏、ミシガン州ジーランドにあるハーマンミラーのオフィス家具工場で働き、人材紹介会社を通して時給13ドル前後を稼いでいた。同氏はテーブルの表面に柔らかい緩衝材を付けるという仕事を楽しんで行っていたが、扇風機しかない場所で一日中マスクを付けている状態が常に快適だとは言えなかった。暑い日にはときどき、会社がアイスバーをくれることがあったという。
同氏は最近、家電販売店の営業アシスタントとして働き始めた。請求書を作成し、電話に応答することで時給16ドルを稼げる。同氏は、自身が大学の学位を持つマーケティングの分野で仕事に就けることを望んでいる。
同氏は現在のオフィスワークについて、「賃金面で向上した」と話す。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が分析した連邦政府のデータでは、2020年初め以降、レストランや小売りを含む多くの業界の仕事の時給は、製造業の仕事と比べて最も高くなっている。労働省によると、4月の工場労働者の平均時給は23.41ドルと、小売業界の労働者のそれを27%上回ったが、その差は10年前の40%から縮小した。データによると、工場労働者の賃金は現在、レストランやファストフード店で働く労働者の賃金を56%上回っているが、その差は10年前の83%から縮小した。
左派寄りのシンクタンク米経済政策研究所(EPI)のエコノミスト、ローレンス・ミッシェル氏は、「こうした低賃金業界の一部の労働者が要求を強めており、賃金は改善している」と話す。
ミッシェル氏によると、製造業の賃金プレミアムは、1980年代および1990年代以降減少している。同氏はその原因として、地球規模の競争、アウトソーシング、労組組織率の低下、契約業者の利用が広がったことを挙げた。同氏によると、製造業の職が提供する医療給付や退職手当は依然として、他の一部業界よりも良い場合が多いという。
しかし、米国の労働者で製造業分野の企業に雇用されている比率は現在9%未満と、1980年代初頭の20%を下回る。米国機器製造業協会(AEM)の人材開発担当責任者を務めるジュリー・デービス氏は、「生活賃金を得られる職を探す場合、要するにこの業界以外で見つかる働き口が以前より増えている」と話す。
元移民で現在はジェンテックスのスペイン語圏労働者の生産ラインを管理するルディ・ペレス氏。同社で18年間働いてきた
Photo: David Kasnic for The Wall Street Journalミシガン州グランドラピッズ近郊に拠点を構える自動車部品メーカー、ジェンテックスによれば、新型コロナ禍で米国経済全体の需要と供給が見直しを迫られる以前から、同地域で採用可能な労働力の規模は小さかった。
同社の人材採用担当ディレクター、ダニエル・キンタニラ氏は、「だれもが同じ人々を獲得しようと競っている」と語った。
労働力不足は、レストランや食料品店が再び食事や買い物に出掛けるのを待ち望んでいる顧客を受け入れ、売上高の増加を図る上で、主要な足かせとなっている。こうした企業の役員は、需要が労働者の賃金引き上げを促していると語る。ただし、製造業にとって、鉄鋼、木材、樹脂などの原材料の需給逼迫(ひっぱく)と価格高騰が人手不足の問題を一層難しくする。こうしたコスト高騰が企業の賃上げ能力を制限するものとなっていると、製造業界の役員らは話す。
ジェンテックスの人材採用担当ディレクター、ダニエル・キンタニラ氏は、造園や農業分野で働く非英語圏の労働者を対象とする人材募集を強化している
Photo: David Kasnic for The Wall Street Journal大半の工場は昨年夏以降、フル稼働していた。これに対し、ホテルやレストランは、コロナ禍に伴う規制が解除されるのに従い顧客が戻りつつある中、相対的により多くの従業員の採用を進めている。グランドバレー州立大学(ミシガン州アレンデール)で同地域の経済を研究するポール・アイズリー教授は、レストランが街角の他の店と競合するのに対し、工場は世界中の他の工場と競争するため、製造業者は一部サービス分野の経営者に比べ、賃金を抑制するよう、より強い圧力にさらされていると指摘した。
ジェンテックスのキンタニラ氏は最近、造園や農業分野で働く非英語圏の労働者を対象とする人材募集を強化している。キンタニラ氏によれば、こうした業種で働く労働者の賃金は通常、年間ほぼ2万5000ドルなのに対し、ジェンテックスの平均的労働者の年収は3万5000ドル超で、多様な手当もある。ジェンテックスはスペイン語圏の労働者による製造ラインを設置しており、労働者は同僚や上司と彼らの第1言語で話すことができる。同氏によると、ジェンテックスは英語を第2言語として学ぶクラスを追加することを計画している。
キンタニラ氏は、自身が得た教訓について、「この競争の激しい雇用市場において、誰よりも先んじ、他のだれもやっていないことをすることだ」と述べた。
かつては移民労働者で現在はジェンテックスのスペイン語圏労働者の生産ラインを管理するルディ・ペレス氏は、同社で18年間働いてきたこともあり、自分と似た背景を持つ新たな従業員と働くチャンスに飛びついたと語った。同氏は賃金と手当も同社にとどまる理由だと述べた。
ペレス氏は同社について、「われわれを死ぬほど働かそうとしているわけではない」と語った。
自動車部品メーカーのジェンテックスは、採用可能な労働力規模の小さいミシガン州グランドラピッズで、他の産業と労働者の獲得を競っている
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