これが「機器メーカー」のオフィスだと知ったら驚くだろうか(写真:NHK大阪拠点放送局)
新型コロナウイルスの感染防止対策として出社せずに自宅や外で働くリモートワークを導入する会社が急増し、働き方とともにオフィスの見直しが進んでいる。出社する必要がなくなったり、頻度が減ったりして持て余すオフィススペースの縮小や、感染リスク対策などの目的で職場とは別の場所にサテライトオフィスを用意するなど、働く場所の考え方が変わってきている。
NHK大阪拠点放送局が制作する「ルソンの壺」は、9月27日の最新放送回(関西地域で7時45分〜8時25分放送)で「オフィスデザインの力」に注目した。スタジオには大阪市北区に本社を構えるオフィスデザイン会社「ヴィス」(1998年設立)の中村勇人社長を招き、コロナ時代に商機を見いだす企業の戦略に迫った。このうち経済ジャーナリストの三神万里子氏と狩野史長アナウンサーによる中村社長へのインタビューを番組本編に収まりきれなかった部分も含めてお送りする。
リモートワークによって見直されるオフィス
三神 万里子(以下、三神):新型コロナウイルスの影響により、多くの企業がリモートワークを導入し、ペーパーレス化を進めています。出社が必要最小限になった人も少なくなく、そもそも物理的なオフィスがどれだけ必要なのかという考え方もあります。
中村 勇人(以下、中村):もともとインターネットが広がっていく中で、オフィスに出社しなくても仕事ができるテクノロジーは確立されてきていました。たまたまそれがコロナで一気に顕在化して、新しい働き方が生まれたというワケです。
三神:オフィスデザインの会社であるヴィスは今、クライアント(顧客企業)にどのような環境提案をしていますか。
中村:やはり今は「リモートワークを取り入れてどう働くか」ということが、メニューの中から外せない状況です。例えば当社で言うと、社員が8割ほど出社すれば、ソーシャルディスタンスを確保しながらこれまでと同程度の業務をカバーできる。それを数値的に検証することもメニューに入れています。コロナの影響で、働く空間づくりが多様になり、いろんなパターンが出てきています。
三神:オフィスのオーナーである企業側からはどんな要望が出ていますか。
中村:「家賃を下げたい」「スペースを効率よく使うために何ができるか」などという要求もある一方で、「縮小する中で、より社員に働きやすい環境をつくりたい」という声もあります。
狩野 史長(以下、狩野):具体的にはどんなことですか。
ヴィスの中村勇人社長(60歳)。今年3月には東証マザーズへ上場も果たした(写真:NHK大阪拠点放送局)
中村:「テレワークできる場所が欲しい」という要望がありました。当然、コロナ前はそのような場所を用意していなくて。集中できる場所はつくっていましたが、ウェブ会議をする際、ウェブ用のマイクは感度が非常に高いため、周りの音を遮れない。
狩野 :個人的な相談をする際は、周囲の人に聞かれているかもしれないと思うと、安心して話せないという声もあります。テレワーク専用の個室スペースがあれば話しやすくなるかもしれません。
人の動き方1つで会社は変わってくる
中村:従来の会議室とは違う1人用のブースが欲しいという要望があり、試しに自社で作ってみたのですが、実は大失敗しまして。
三神:大失敗?
中村:プロとしては非常に恥ずかしいのですが、暗くなり閉鎖感が生まれ、ウェブ会議すると自分の顔が暗い。次にしっかり生かしていきます。
三神:ある大企業が社長室そのものを取り払ってしまい、社長がしょっちゅう動き回ることをした結果、社員とのコミュニケーションが取りやすくなり、アイデアが通りやすくなったそうです。組織図や人事制度を変えてしまうぐらい、人の動き方1つで、会社は変わってきます。
中村:“リモート”という働き方もあれば、オフィスとは別の場所に小規模なスペースを設ける“サテライトオフィス”という働き方を導入する会社も出てきています。
狩野 :支社のようなもの?
中村:支社ではなく、場所を提供されています。カフェが会社の外に1つあるようなイメージです。
狩野 :ヴィスが取引先の社員525人を対象に、「今後のオフィスのあり方について」アンケートを行ったところ、「今よりもよりよいものにしたい」という回答がいちばん多くなったそうですね。逆に最も少なかったのが、「オフィスは不要になる」という意見です。
中村:このアンケートは4月の後半に実施しました。それぞれが在宅ワークをしているなか、たまに行く会社がコミュニケーションを生む場であるということを実感された結果だと考えます。
狩野 :狭い家に住んでいる方や、家族が多くて後ろで子どもが走り回っている環境の方は、リモートがやりにくい。「オフィスは不要になる」という意見が少ないのもわかります。
中村:われわれも「オフィスそのものがどういうあり方をしていくのか」ということを考えたとき、「オフィスはなくなることはないだろう」と思いました。
三神:緊急事態宣言後というアンケートのタイミングを考えると、「在宅ワークをちょっとやってみたけれど、どうやら勝手が悪い」という従来のオフィスの使いづらさが出ている結果ですね。
中村:8月の後半に再度アンケート調査を実施しましたが、そのときには「環境を整えたい」という声が多くありました。
三神:不便だった環境を、より戦略的な環境に変えたくなったということですね。
オフィスそのものに、どういう役割を持たせるか
狩野 :「テレワークを実施してみて、困ったこと」についてもアンケートで聞かれたそうですね。
中村:最も回答が多かったのは「人と直接会う営業活動では物事が伝えにくい」。次に「社内のコミュニケーションが取れず、気軽に質問できない」。画面を通すと相手の気持ちが見えにくく、寂しさを感じるという“メンタル面”に関する声もあります。また、「接続方法がわからない、ネット環境によっては、リアルタイムで実際に会っているときのような呼吸で話せない」という声も耳にします。
スタジオにはゲストとして吉本新喜劇で活躍する宇都宮まきさん(いちばん右)の姿も。NHK「ルソンの壺」は関西の“キラリと光る”企業や団体を取材し、ビジネス成功の秘訣を伝える番組。最新回は9月27日(日)、NHK総合の関西地域で7時45分〜8時25分放送です(写真:NHK大阪拠点放送局)
三神:テレワークによって、直接人に会うことで得られる“言葉だけではない情報”が、いかに多かったかということに気づかされました。コミュニケーションや雑談などの大切さが、コロナによって見直されたと思います。
中村:企業のいちばんの目的は、生産性を落とさないこと。その生産性がコミュニケーションの減少によって下がったという捉え方もできます。
“オフィス”そのものに、どういう意味があるのかということを、まさに今、しっかりと考え直す必要があります。
従来のオフィスは、“ワークプレイス(働く場所)”という認識がありましたが、今は働くだけではなく、オフィスそのものが“カルチャープレイス(文化を生む場所)”になると考えています。
強い会社には“文化”がある。文化を生み出す場がオフィスになれば、みんな集まってきます。ただ仕事をするだけでなく、文化を生み出すことによって、結果的に強い会社になるのです。会社に来ると、家よりも居心地がよく働きやすい。「ここに来てよかったな」と社員みんなが思いながら働き、そこでちょっとした雑談が生まれ、仕事以外の時間でも色々な会話が飛び交い、偶発的なコミュニケーションによって、“カルチャープレイス”になっていくのだと思います。
三神:文化というものは目には見えないので非常に難しいですが、企業の個性や特徴を明確に提示し、イメージの統一を図るための戦略“コーポレートアイデンティティー”を社員に醸成させることで、同じミッションの下に帰属をしているという“共通認識”が生まれますね。
中村:オフィスというものは、ただ仕事をするだけの場所ではなく、仕事のパフォーマンスを上げるための仲間意識や絆が大事で、それがあるからこそいい仕事ができるのです。
「オフィスにデザインが要る」と言うと笑われた
中村:私がオフィスのデザイン事業を始めた2003年頃は、世の中の会社はパソコンも普及していなかったので、“いすと机さえあればいい”という状況でした。
狩野 :その頃、オフィスのデザインの需要がなかったんですね。
中村:はい。オフィスにデザインが要ると言うと、笑われていました。
会議室をガラス張りにするだけでコミュニケーションも変わってくる(写真:NHK大阪拠点放送局)
三神:確かに、当時の日本企業はどこもそっくりでしたね。当時あったのは、豪華な社長室と、役員用の重厚な会議室。働いている人たちのいすと机はみんなグレー。
中村:非常に内向きでしたね。今考えると恐ろしい時代。今みたいにきれいなオフィスが少ない中、自分のデザインした空間がクライアントにインパクトを与え喜ぶ人たちを目の前にしたとき、「こんなに人を喜ばせられるんだ」と思い、そこから本格的にオフィス専門のデザインがスタートしました。
だんだんと世の中に、「機能的なオフィスをつくろう」「社員のモチベーションが上がるオフィスをつくりたい」というような、エンゲージメント(仕事に対してのポジティブで充実した心理状態)を高めたいという変化が出てきたのです。
「オフィスには机と電話とパソコンだけがあればいい」というのは、時代にそぐわない考え方なのかもしれない。NHK「ルソンの壺」は関西の“キラリと光る”企業や団体を取材し、ビジネス成功の秘訣を伝える番組。最新回は9月27日(日)、NHK総合の関西地域で7時45分〜8時25分放送です(写真:NHK大阪拠点放送局)
中村:“デザイン”は会社に対していろんな効果をもたらします。箱だけつくればよかった時代から、だんだんと人の心に訴えかけられるようなオフィスが出てきたというのが、デザインを取り入れる意味です。デザインは、人に対する問いかけなのです。
三神:デザインを通して、それを見る人が何かしらの世界観やメッセージを受け取る。
中村:はい。5、6年ほど前にアメリカのシリコンバレーにオフィスを見に行った際、IT企業に勤めている人の給料は日本と大体同じなのに、環境はぜんぜん違いました。
いちばん驚いたのは、ある企業にプールがあったこと。仕事中なのに社員が泳いでいるんです。生産性さえしっかり担保すれば許される。そのような環境を与えられるのも、1つのデザインだと思いました。
誇りになるようなオフィスは新規採用にも有利
三神:とくにシリコンバレーのIT系の会社は、長時間PCに向かっているので、体を動かすきっかけとしてプールやジムを設けたり、栄養管理に気を遣って、ラグジュアリーなカフェを用意したりするなど、会社によっていろんな仕掛けがあります。どうやったら社員が自分の会社のカルチャーに元気づけられるか考えられており、それを社員が受け止めて誇りを持って大事にしている。
働いている人にとって誇りになるようなオフィスは、家族に伝えたくなるため、家族の理解を促し、新規採用にも有利に働くと思います。
中村:まさに、新規採用を目的にしたことが、そのようなオフィスを作り出そうとしたきっかけでした。町工場のリノベーションをした際、採用に困っていたのでオフィスをきれいにした結果、応募者数が10倍も増えました。空間を変えることで、採用を実現することができると確信しました。
狩野 :給料だけではないモチベーションアップの仕掛けにもなりますね。
中村:企業のブランド価値や企業理念などを社員に正しく認識してもらい、共感し、浸透させていく“インナーブランディング”の点で、空間デザインはとても重要視されます。
コロナ禍で、働き方や働く場所など選択肢が非常に増えましたが、オフィスが人と関わる場所であることは変わりません。これからデザインは、働く人にフォーカスしたオフィスに寄っていく必要があります。オフィスをデザインすることは、そこで働く人たちを幸せにします。
(構成:二宮 未央/ライター、コラムニスト)
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September 26, 2020 at 06:20AM
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