企画力、グラフィック力、コピーライティング力、プロデュース力……さまざまな武器を持つ電通のクリエイターが、先端のテクノロジーを身につければ、一体何が生まれるのか——?
「dentsu prototyping hub」は、電通のクリエーティブ・テクノロジストたちが主催するワークショップです。多様化するクライアントの課題に対応するため、毎回、先端のデジタルツールの第一人者を講師に招き、学ぶ場となっています。
今回ご紹介するワークショップは、「Unreal Engine School」。3Dゲーム開発環境である「Unreal Engine」(※)に、電通グループから163人がチャレンジしました。
全12回の講座ののちに、一体どんな作品が出来上がったのでしょうか?そしてUnreal Engineとこれからのクリエイティブの可能性とは?dentsu prototyping hubを運営する斧 涼之介が、講師の鹿野護氏と語り合います。
※Unreal Engine(アンリアルエンジン)
https://www.unrealengine.com/ja/
Epic Gamesが提供する、3Dゲーム開発のためのプラットフォーム。基本的に誰でも無料で利用でき、世界中で多くのヒットゲームの開発に用いられているのみならず、ゲーム以外でもインタラクティブな3Dコンテンツの制作ツールとして注目を集めている。制作にあたっては、有料・無料のさまざまな「アセット」(オブジェクトやキャラクターモデルといった素材コンテンツ)を利用できる。
<目次>
▼電通クリエイターのアイデアを、Unreal Engineで具現化してみた
電通クリエイターのアイデアを、Unreal Engineで具現化してみた
dentsu prototyping hubの斧 涼之介です。まず、これまでのワークショップを簡単に紹介します。
第1回は、コードを書かなくてもデバイスやビジュアルを自在に制御できる“最速のプロトタイピングツール”こと「TouchDesinger」(※)。
第2回は、今や世界のあらゆる場所で使われている3Dモデリングツール「Blender」。
※TouchDesigner関連記事:
デバイスやビジュアルを自在に制御。「最速のプロトタイピングツール」がクリエイティブを変える
それぞれ日本の第一人者ともいえる講師を招いてワークショップを行い、コロナ禍にも負けずいずれも大盛況に終わりました。
そして参加人数は増える一方の中で行われた第3回目のワークショップが、3Dゲーム開発環境「Unreal Engine」を学ぶ「Unreal Engine School」です。
講師は、Unreal Engineを多方面で活用しており、東北芸術工科大学(TUAD) 映像学科に研究室を持つ鹿野 護氏です。
発表会はオフラインとオンラインのハイブリッドで実施。会場は東銀座のDentsu Lab Tokyo。鹿野氏には山形より参加いただきました!
12回の講座を終え、Dentsu Lab Tokyoで行われた成果発表会では、電通クリエイター15人の作品(プロトタイプ)が発表されました。
ここではそのうち5作品を動画でご紹介します!
「オフィスチェア」
石松勇人(電通第2CRプランニング局 アートディレクター)
鹿野氏による寸評:複数のオフィスチェアを操作して正しい位置に並べる、というシュールな世界観が魅力的です。Unreal Engineのビークル(乗り物)テンプレートをうまく活用することで、物理法則を意識した操作感が面白さに直結していて、一種のエクストリームスポーツのような体験が新鮮。
石松勇人コメント:Unreal Engineでまず驚きだったのは、必要なパーツはマーケットプレイスにいくらでも安価で売っていて、自分の手で簡単にバーチャル空間を作れてしまうこと。こういうツールを手にしたときは大抵、とてつもなくくだらないコンセプトのものを作ってみたくなるんです(笑)。それが「オフィスチェア」という最初の作品なのですが。今後はきっと、キャラクターもアセットもさらに増えていくと思うので、自身でバーチャルな撮影スタジオを作ってみたいです。
「ボタンを押すだけでどんどん展開。」
佐山太一(電通 第6CRプランニング局 アートディレクター)
鹿野氏による寸評:ボタンを押す、というインタラクションに限定することで、逆にそこから生まれてくる演出に無限の可能性を感じさせています。独特の質感が印象的で、ずっと遊んでいたくなる作品。ボタンがにゅっと伸びたり、予想外の展開の連続がクセになります。
佐山太一コメント:押したら何かが起きるボタン、をひたすら作り続けてみました(笑)。Unreal Engineに限らず、ハイエンドなツールが手軽に使えるようになり、その恩恵を受けやすくなってきていると思います。dentsu prototyping hubに参加することで、新しい表現が「できるらしい」から「できそう」「多分できる」といった実感に変わりました。やはり触ってみるのは大事ですね。
「破壊シミュレーションと音楽のシンクロテスト」
土屋泰洋 (電通zero/Dentsu Lab Tokyo リサーチャー、クリエーティブテクノロジスト)
鹿野氏による寸評:Unreal Engine5から安定性の高まった“破壊”システムを効果的に使用した作品です。サウンドとビジュアルが繊細にシンクロしているのが印象的で、3Dシミュレーションをサウンドビジュアライザーとして活用できています。
土屋泰洋コメント:Unreal Engineはゲーム開発環境としての側面しか知らなかったのですが、実際に触れてみるとカメラの扱い方や、照明のシミュレーションが非常に精巧で驚きました。これまでは実際に大規模な照明を組んだり、クレーンを使わないとできなかったような画作りが、気軽にシミュレートできる。こういった画作りを体得した世代が現場で映像演出を始めると、明らかに現在とは映像の作り方が変わっていくだろうと思っています。
「Wings of Icarus」
芳我理世(電通クリエーティブX メタバースプロダクション部 ディレクター)
鹿野氏による寸評:Unreal Engineのグラフィック機能を生かして、映像作品に挑戦していて、短期間の制作時間にもかかわらず、高いクオリティを実現しているところに驚きました。ライティング、カット割り、表情にまでこだわり、映画のワンシーンのような仕上がりです。
芳我理世コメント:鹿野先生の「大歳ノ島」に衝撃を受け、フォトリアルなCGムービー制作にチャレンジした作品です。全てマーケットプレイスの無料アセットの組み合わせ、私が作ったものは一つもありません。CGの作り方が劇的に進化し、恐ろしく短時間でCGアニメーションを作れるようになったことを実感しました。dentsu prototyping hubは最先端の情報に触れスキルを習得する場として、これからも期待しています!
「おむすびころりん」茗荷恭平
電通 第6CRプランニング局 アートディレクター
鹿野氏による寸評:ランドスケープによる広大な世界。高速に転がり落ちるおにぎりを追うプレイヤー。そのシチュエーションだけでもユーモラスで、遊んでみたくなるデザインだと思います。そのアイデアを、実際の案件で使えるレベルまで仕上げているのが素晴らしいです。
茗荷恭平コメント:今回の学びを生かし、さっそくUnreal Engineで作ったプロトタイプでクライアントに提案したり、短尺動画に使ったり、実務の中でも利用しています。今は、技術を使いこなすという段階から一歩進んで、「面白い」「気持ちいい」と思ってもらえるレベルに達するにはどうすればいいか、という課題に向き合っています。これからも、Unreal Engineをどんどん活用したいので、多くを学んでいきたいと思います。
ここからは、講師の鹿野氏と共にワークショップ全体を振り返りつつ、Unreal Engineとクリエイティブの未来を考えてみたいと思います!
「こういう人たちが時代を変えていくんだろうな」
dentsu prototyping hub運営の斧が、鹿野先生にリモートインタビューしました!
斧:「Unreal Engine School」の講師のオファーを受けて、どう思われましたか?
鹿野:参加されるのがエンジニアではなく、CMプランナー、コピーライター、アートディレクターといった方々だったので、電通のチャレンジする姿勢に驚きました。一方で、Unreal Engine(以下、UE)はゲーム・映像領域で使われてきたツールではあるんですが、最近そのハードルが下がり、用途が広がってきたところなので、「今、UEをやろうというのは目の付けどころがさすがだな」とも思いました。
斧:ありがとうございます!受講生の作品への率直なご感想を教えてください。
鹿野:常日頃から「アイデアをどう具現化するか?」を考えているプロなんだなというのを全体的に感じました。皆さん初めての体験なのに、「技術を使ってみました」じゃなくて、「技術を利用して、こんな面白いことをやってみました」というところまで考えている。その上で、作品のプレゼンテーションがすごくうまい。こういう人たちが時代を変えていくんだろうなと思います。
斧:教材が初心者に優しい設計なのが素晴らしかったです。汎用性の高い機能を一つのアクター(※)にまとめていただいた上で、難しいことを抜きにまずクリエイティブなところから入り、さらに深めようと思ったら、アクターの中身も勉強できるという流れにしていただきましたね。
※アクター=シーンの中に存在できるオブジェクト。さまざまな機能を追加することでアプリのような使い方もできる。
鹿野:UEはやれることの多いツールで、どこからでも登れる大きな山のような存在なんですが、最初の時点でつまずいてしまうと、もう山を登ろうとしなくなってしまう。なので、入り口と経路を特に意識して教材を作りました。
斧:これから電通内でもUEのユーザーを増やしていきたいのですが、初心者向けのアドバイスはありますか?
鹿野:漠然と「Unreal Engineを学ぼう」みたいな入り方だと、挫折する可能性が高いので、自分のやりたいことに応じて入り口を限定した方がいいと思います。例えばオープンワールドを作ってみたいなら、「まずそこだけ学ぶ」感じですね。UEは公式のチュートリアル動画が充実していて、日本語字幕も用意されているので、学びやすい環境ですよ。
斧:ありがとうございます!今回、鹿野さんの中で特に印象に残った作品はありますか?
鹿野:「おむすびコロリン」は、UEが得意とする「広大な世界を駆け回る」表現、ランドスケープの機能と、高速で転がるおにぎりというアイデアが噛み合っていたと思います。斧さんはどの作品が良かったと思いますか?
斧:僕は「オフィスチェア」です。社会人ならあの画面を見た瞬間に「あ、椅子を整えなきゃ」っていう感覚があると思うんですよ(笑)。そういうシズルを感じました。
鹿野:物理シミュレーションをうまく活用していましたね。これまでも、「おにぎりを追いかける」とか「椅子を整理する」といったアイデアを企画書として書くことはできたと思うんです。でも、今回はアイデアを考えた人自身が、完成形に近い形でプロトタイピングできている。ちょっとしたニュアンスみたいなものも、本人が作り込めていますよね。
斧:そこがdentsu prototyping hubの目指すところなんです。いくら企画書を書いても、実際に触って体験してみないと、思っていたような気持ちよさが出るかどうか分からないですから。
鹿野:細かいことは後で調整すればいいと思われがちなんですが、実はその微妙な感覚やニュアンスこそが「面白さのポイント」だったりしますよね。
3D空間の中で「仮想ロケハン」できる時代がやってきた
斧:プロトタイピングのツールとして、UEの強みは何ですか?
鹿野:プロトタイピングツールとして一言でいうなら「自分が思い描いている世界や舞台を非常にクイックに実現できるツール」です。思った通りの世界を実現するためのあらゆる大道具・小道具がそろったスタジオを、個人で手に入れる感覚ですね。仮想スタジオや仮想ロケーションを、デスクトップ上にたくさん持っておける感覚だと思います。
その空間内では、光や物理法則を現実世界同様に適用できるので、「ここに照明を置くと、こっちに光がバウンスするよね」といった、現実世界での表現の考え方がそのまま生かせるんですよ。圧倒的な表現力の高さとリアリティがある。ゲームではなく映像制作のツールと捉えている人も多いし、あるいは仮想のフォトスタジオと捉えて、静止画を作るために使っている人もいるんです。
斧:もはや3Dゲーム開発環境という枠組みにとどまらないツールということですね。実際、今回の参加者の多くも、ノンゲームというか、ゲーム的な発想ではない表現のバリエーションが見られたと思っています。
鹿野:いろんな表現に応えられる、汎用性があると思いますね。そしてUEの良いところが、最初にビジュアルだけ作っていって、後から仕組みを入れるという作り方ができるんです。つまり、絵作りをしたついでにちょっとインタラクションを試せる。これも、プロトタイピングのしやすさにつながっています。
私は「大歳ノ島」という、お正月をテーマにしたゲームを作ったんですが、ビジュアルを先に作ることで、発想できることがある。構築した世界の中をうろうろすることで、「あ、この舞台だからこそ、こういう設定と、こういう動きと、こういうキャラクターがあり得るんだ」ということが見えてきたんですよ。
従来の作り方だと、企画をずっと積み上げていって、「こうなるはず」と予想しながら仕様書や絵コンテを作り、それに合わせてゲームを作る流れです。そうではなく、舞台となる島をまず作ってみて、その世界から逆算してキャラクターやインタラクションを固めていった。こうした「仮想のロケハン」ができるのが、UEの強みだと最近は感じています。
斧:なるほど、絵コンテでは自分が描いた一方向からの景色しか見えないですけど、その空間の中を動き回りながらアイデアを膨らませられるのはいいですね。とはいえその「空間」を用意するところまでが、なかなかハードルが高い気がします。
鹿野:そうですね。これまでの3DCGは、キャラクターや背景のモデリングやマテリアルを作っていくのが非常に難しかった。でもUEでは有償・無償のアセットが充実しています。料理で例えるなら、調理する前に料理人自身が苦労して食材を調達する必要があったのが、今は良い食材がすぐにそろうので、お試しでいろんな料理を作ってすぐに試食ができるんですね。いってみれば、「クリエイティブの実験場」です。
斧:受講者からも「すごくクオリティの高いアセットを使って、本格的な世界を作れたので、驚いた」という反応は多かったですね。膨大なアセットを組み合わせて、自分のアイデアや世界観をどんどんアウトプットできる。これはクリエイティブにおいてすごく大きな変化になり得るのかなと。
鹿野:白紙の状態で企画書を書くのではなく、「まず一回、その世界にロケハン行ってみようか」みたいな状態からアイデア出しができるようになりますよね。「この世界はちょっと違う。別のロケーションに行ってみよう」とか。
「レンダリングなし」ですぐに試せることが創作を加速する
斧:アイデアをどんどん試す上で、「既成アセットの充実」「現実世界同様の光や物理シミュレーション」といった要素は大きいと思いますが、他にはどんな長所がありますか。
鹿野:UEが従来の3Dツールと大きく違うのが、リアルタイム性です。つまり、昔ながらの「ワイヤーフレームで作って、レンダリングして、ちょっと待機して……」みたいな作り方だと、いちいちレンダリングを待っている間に集中力が途切れてしまうんですよ。ついSNSを見ちゃったりして(笑)。
しかしUEは、マーケットプレイスや素材集から必要なアセットをポンとその世界に置いたら、レンダリングなしに、もうそのまま完成品同様に動かせます。最初にシェーダーコンパイルのような待ち時間はあるのですが、一度準備が整えばその後は待ち時間が発生せず、常に仮想の現実がそこにある感覚で、思考を妨げずにどんどん試していくことができるんです。
私自身も、1年半という短期間で「湖ノ狼(うみのおおかみ)」「大歳ノ島」という2つのゲームを完成できたのですが、UEだからこそ、確保した空き時間に集中して取り組めたと思っています。
斧:レンダリングの待ち時間がないということが、それほどまでにクリエイティビティに影響するんですね!僕も今回UEに触ってみて、ちょっと動かしても即座に影の向きや光の漏れ方が反映されていくのに驚きました。
鹿野:あともう一つ、UEではWindowsやMacやモバイルなど、さまざまなプラットフォーム用にアプリケーションとして書き出せるのもポイントですね。
斧:UEを持っていない人にも、例えばスマホアプリとして渡して、体験を共有してもらえるのは、企画の共有などにおいても大きいですね。
鹿野:そうなんです。私の場合、ちょっとしたウェブアプリやインスタレーションのUIを作るときも、UEのウィジェット機能を使って、UIの試作を作ることが増えました。それにUEを触っていれば、3DCGの最新動向も分かりますから、作品を作っていないときでも、日常的に触るようにしています。
斧:そういうツールに、電通のクリエイターの少なくない人数が取り組むきっかけになったのは大きな成果だと思います。ちなみに3DCGの最新動向として、気になるトピックはありますか?
鹿野:まだUE上に実装されているわけではありませんが、今後はマーケットプレイスのアセットを使うだけでなく、AIベースのモデリング、AIベースの3DCG、それも自然言語でAIに伝えることで「形」や「演技」を生成できるようなことも、容易に想像できますよね。すでに大きなシフトが起こる兆しが見えつつあります。
斧:ああ、やっぱりAIなんですね。その話はぜひ深掘って伺いたいです!
<以下、後編に続く>
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