2020年5月11日にロックダウンが解除されたパリは、徐々に制限緩和が実施され、コロナ以前のような緩んだ状況も生まれつつある。第二波への警戒感を強めながら、ウィズコロナ時代のファッション小売業が、どのように対応しているのか?フランス滞在歴20年超、ニュース配信やリサーチなどを行うKSM NEWS&RESEARCH社代表の齊藤あや子さんによるレポートを、前後編の2回に渡ってお届けする。(encoremode)
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フランスは、新型コロナウイルスの急速な感染拡大を受け、3月17日にロックダウンに入った。この時点でフランスでの感染者は7000人弱、死亡者は150人弱。ロックダウン発表まで「国民は、外出を控え、社会的な距離を維持するように」という政府や医療関係者の呼びかけにもさして耳を貸さず、マスクもせずに出歩き、知り合いに会えば握手やビズ――頬を合わせる挨拶のキス――をしていた。デパートや路面店、レストランやカフェもすべて営業。好天も手伝って、街にはショッピングや散歩を楽しむ人が溢れていた。政府も、自由を愛して止まないフランス人に「自粛」は無理と判断したのだろう。ロックダウンにあたっては、必要不可欠ではない外出には135ユーロの罰金処分を科すという厳格な措置を導入した。さすがに街中には人がいなくなり、閑散とした通りをキツネやテン、カモなどの野生動物が闊歩する姿が観察されたほどだ。
ロックダウンにより食品、オフィス機器、事務用品、医薬品などの最低限の必需品を除く小売店は営業を禁止された。実はフランスでは前年12月5日から、年金改革に反対するストで公共交通機関がストップするという事態が1ヵ月以上も続き、クリスマスや年末の消費拡大に大きな期待をかけていた小売業界は、すでに打撃を受けていた。パリではこの時期のアパレル小売の売上げ減が、例年の30%に達したという統計もある(※1)。ストの影響で1月の冬季バーゲンも客足が悪く、アパレル・靴チェーン450ブランドを集める業界団体Alliance du Commerceによると、バーゲンの売上げは、「黄色いベスト」運動の影響を受けた2019年からさらに15%減少した(※2)。パリ商工会議所の景況感調査でも、バーゲン中の売上げが落ちたという小売店は70%に上ったそうだ。そこにきてのロックダウンで、アパレル業界がさらなる打撃を受けることは必至だった。
※1 フランスの全国紙「レゼコー」の関連記事
※2 フランスのアパレル関連業界団体「Alliance du Commerce」のレポート
そんな外出制限開始から2ヵ月、5月11日に段階的な解除が開始された。第一段階の解除で、小売店は再開できることになったが、厳重な衛生安全措置を取ることを要求され、床面積が4万㎡を超える大型店やショッピングモールの営業は引き続き禁止された。パリのデパートでは、ボン・マルシェが11日に再開できたが、オスマン通りにあるプランタンとギャラリー・ラファイエットの本店は営業許可が下りず、これを不服としてデパート側が行政裁判所に訴えを起こすという事態に発展した。
最初に再開を勝ち取ったのはパリ15区のショッピングモール、ボーグルネル。パリ行政裁は、4万㎡超のボーグルネルの床面積中、1万5000㎡と2万3000㎡はふたつの別棟の建物からなり、7000㎡の商業スペースは入口がひとつで建物内の他の商業スペースとのアクセスがないということに鑑み、5月20日からの再開を許可した。続いてプランタンも、モード館、コスメ・インテリア館、メンズ館の3つの建物で構成され、各建物は4万㎡を超えていないということで28日からの再開が許可された。プランタンの隣に位置するギャラリー・ラファイエットは訴えが遅れ、営業許可も一足遅かったが、30日から再開。いずれも、店内にある着席型のレストランやカフェは閉鎖されている。6月2日の第二段階の解除で、地方のレストランやカフェは再開の運びとなったが、まだ感染の多いパリ首都圏ではテラス以外での営業は許可されていないからである。
ところで厳格なロックダウン措置により、フランスでは社会的距離の確保がかなり定着した。ロックダウン中のスーパーでは店内の客数を制限せねばならず、外には入店を待つ人の列ができたが、並ぶ人の間の距離を保つために地面に1m間隔のラインが引かれた。地下鉄の車両内も2座席に1座席は「着席禁止」のシールが貼られ、原則として立っていても1mの社会的距離を確保せねばならないのだが、これはほぼ守られていない......というより守れない。また「マスクは感染防止効果がない」との見解をとっていたフランス政府も、5月あたりからマスク着用を推進し始め、フランス人の間でもマスク着用率がかなり高くなった。もともとマスク人口が多い日本とは違い、コロナ以前のフランスでマスクをしている人はほぼ皆無だっただけに、これは大きな社会現象だ。
この風潮を受け、ロックダウン後の小売店では店員のマスク着用はもちろん、来店客にマスク着用を求めるところがほとんどになった。店内の客数制限を課す店も多いようだ。また入口近くには消毒用ジェルが置かれ、入店者は手の消毒を求められる。レジにはプレキシグラス(アクリル板)が立てかけられ、レジ前の床には1m間隔のラインが引かれている。試着は原則的に禁止。現金よりもカード決済が優先される。こういった措置は、フランス労働省が出している小売業向けの「再開にあたっての衛生プロトコル」というガイダンス(※3)に沿ったものである。このガイダンスでは前述の対策に加え、例えば、ひとりの店員/客につき4㎡の範囲を確保するよう店内のフロー(通行人の流路)を工夫する、多数の人が多数のアイテムを触ることを避けるため、服は1サイズにつき1着のみの陳列、試着後の服はスチームクリーナーなどで洗浄し、最低でも24時間隔離したのちに陳列什器に戻すなどの対策がベストプラクティスとして推奨されている。さらに細かい小売り向けガイドラインである「レジの衛生プロトコル」と「販売スタッフの衛生プロトコル」も労働省のサイトからダウンロードできる。小売店は規模やリソースに従って、可能な限りプロトコルに従っているようだ。
※3 Ministère du Travail=フランス労働省によるガイドライン
ここからはデパートの対策を見ていこう。まずは入退出の制限。以前には入口と出口の指定はなかったが、再開にあたって、入口と出口が分けられ人の流れを制限。一部の出入口は利用禁止になっている。入口にも出口にもガードマンが立っているのは以前からだが、彼らが消毒用ジェルを持ち、入店者に手の消毒を求めている姿が新しい。また、テロを受けて一般的になっていたバッグのチェックやボディーチェックは、時節柄すっかりなくなった。
次は各デパート共通の対策。店員や客のマスク着用、レジ前のプレキシグラスとレジ横の消毒用ジェル設置、レジ前と高級ブランドのインショップ入口床に1m間隔のマーキング、店内のあらゆる場所に社会的距離と防護措置(マスク着用、ひじブロックなど)の注意書き。
報道では、デパートの営業再開は「建物が別棟」である点が決め手になり、建物同士をつなぐ通路は閉鎖されるとあったが、プランタンのレディス館とメンズ館をつなぐ通路は往来可能。ただしメンズ館とコスメ・インテリア館を結ぶ通路は閉鎖されていた。店員は定期的にスプレーと布を使って什器などをふいている。エレベーターの定員は1人に制限されている。試着室は開いているが、「試着しても買わない服はそのまま放置するように」という新しい注意書きがあり、その後しばらく隔離に回される模様。
ギャラリー・ラファイエットもプランタン同様にメンズ館とレディース館の通路は利用が可能。特徴的なのはエスカレーターで、前の利用者から3段空けて利用するようにとの注意書きがある。エレベーターには注意書きがないようだった。エスカレーターとエレベーター横にも消毒用ジェルが置かれている。またギャラリー・ラファイエットでは、エスカレーターや階段の手すり、ドアなどの人が触るところを消毒して回る店員以外の清掃担当者の姿があった。試着は可能だが、ギャラリー・ラファイエットのサイトによると、試着された服は6時間隔離される(※4)。
ボン・マルシェのエレベーターは定員2名に制限されている。来店者が休憩できるように置かれた椅子には「使用不可」のマーク。食品売り場のある「ラ・グランド・エピスリー」館は、1階には入れるが、1階から上の階へのアクセスは禁止される。「ラ・グランド・エピスリー」館の2階に行くには、隣にある本館からの通路を利用する。入店者の数と人の流れを管理することが目的であろう。商品のディスプレイのあちこちにも消毒用ジェルが置かれている。
「ロックダウン解除後のパリは今」というテーマでお届けしたパリからのリポート<前編>は、フランス国内小売業の概況とパリ市内のデバートの様子をお伝えした。<後編>では、日本でもおなじみのZARAやH&Mといった大手チェーンとブランドの路面店を中心にリポートする。
取材・写真・文:齊藤あや子(さいとう あやこ)
KSM NEWS&RESEARCH社代表。1999年渡仏。リヨン大学文学部修士課程およびグランゼコールESIT就学を経て2003年、パリKSM入社。2016年から現職。KSM NEWS&RESEARCH社は1981年創業のKSM社から情報発信、翻訳、通訳、調査業務を引き継ぎ発足した。フランスおよび欧州の政治、経済、産業、社会関連のニュースレターの編集、配信、調査、クリッピングおよび翻訳、通訳サービスを提供している。
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